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東京高等裁判所 昭和31年(う)886号 判決

控訴人 被告人 塩田博

弁護人 米村嘉一郎

検察官 長谷多郎

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中六十日を原審の言い渡した懲役刑に算入する。

当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人米村嘉一郎及び被告人の各作成名義の控訴趣意書にそれぞれ記載のとおりであるから、これを引用し、これに対し当裁判所は、次のように判断する。

弁護人の論旨第一点及び第二点(但し量刑不当を主張する部分を除く)について

本件記録に徴せば、原審弁護人は第五回公回期日において所論の指摘するように「被告人の心神鑑定並に犯罪事実に対する人証の申出」なる書面に基き被告人の本件犯行は自由の意思においてその行為をなしたものでなく酔気を多分に帯びてなしたものである。従つて酩酊の程度においてどの位の心神耗弱を来すか鑑定を求むる旨申立てている事実が明らかである。従つてこのような場合には右申出は被告人が心神耗弱者であつたものであるとの主張を含むものとして取り扱うのを相当とするのであるが、原判決はこの点について何ら判断を明示していないのであるから、この点において刑事訴訟法第三百三十五条第二項の要求する判断を遺脱した違法が存するものといわねばならない。

しかるに、本件記録を精査するに被告人が原判示犯行当時心神耗弱の状態にあつたことはこれを確認するに足りる証拠なく、却つて、右犯行当時被告人は多少酩酊はしていたもののその精神状態は正常でありその行動においても常軌を逸するが如きものでなかつたことを認めることができるのであつて、原判決もこの判断の下に被告人に全面的な刑責を負担させたものと解せられるのである。それ故原審における弁護人の右の主張は結局その理由なきことに帰するから、原審がこれに対し特に判断を示さなかつた違法は、判決に影響を及ぼすこと明らかな場合には当らないものであり原判決破棄の理由となすに由なく又原判決にはこの点に関する事実誤認の廉あることも発見できないから論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 大塚今比古 判事 渡辺辰吉 判事 江碕太郎)

米村弁護人の控訴趣意

第一点本件記録を検討するに、原審に於て弁護人より、「被告人の心神鑑定並に犯罪事実に対する人証の申出」なる書面が提出されている(五四丁)。其主張は、本件犯行は「自由の意思に於て其行為をなしたものでない。従つて酩酊の程度に於てどの位の心神耗弱を来たすか鑑定を求め度く、加之ならず被告人が曾て川越少年生活学園に拘留中其の医務課に於て……被告人を循環性抑うつ症の患者なりと目し居れり。」と記載してある。右は単に鑑定の申出だけではなく、心神耗弱者であるとの主張を包含するものである。弁護人の弁論の要旨としては単に「被告人の為種々有利な弁論をなした」とだけしか書いてないが、右は書記官が単に簡略に書いただけであつて前記書面により弁護人より心神耗弱の主張があつた事は明かである。然らば刑事訴訟法第三百三十五条第二項により其判断を示さなければならない。然るに原判決は此点につき何等の判断を示されて居ないものであり、此点に於て破棄せらるべきものと思料する。

第二点被告人の本件犯行中窃盗の点を考察するに、交番にて巡査の物を盗むなど常識にて考へられぬ行動であり、原審証人佐藤次郎(少年刑務所医務課長)の証言(七八丁)に「塩田といろいろ話した時其性格は大体抑うつ症の傾向にあるのではないかと言つたまでです。」とあり、其証言より見ても被告人に精神障害の疑いは充分にある。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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